2011年4月11日月曜日

当たり前が当たり前じゃなくなる時

北京のお友達からのメールにこんなメッセージがありました。

The destroyed building will be soon rebuilt and people who lost there house will soon live in new places and started new life.I'm serious,for I know that Japanese people will unite to fight the disaster.And the only thing we can do is to be possitive!

当たり前なんだけど、なんだか面食らったんだよね。テレビの映像でがれき以外何一つ見えない町並みとか、避難所に暮らすたくさんの人々とか、見てるとみんなが普通の暮らしって呼べるものに戻れる日がくるのかな、って思えてくる。そりゃ、最終的には、がれきを整理して、建物を建て直していけば、元に戻っていくものはあるのはわかってるんだけど。「ポジティブになってみんな頑張ろう!」っていう話は世の中いくらでもあるんだけど、なんとなくポジティブになりきれないというか、その根拠が見当たらないというか、ポジティブになっちゃうのはまだ悲しみの中にいる人に対して気兼ねするというか。
あともっと実感的な話として、未だにこれだけの余震があって、震度4とかが普通に何回も来て、あ〜また地震ーってなったり、ゴォーって地響きがする度に一瞬身構える感じとか、これが日常になっていくなかで、余震におびえない日って本当に来るかな、って思えてくる。

その中で完全なる外部者でかつ、直接知ってる人からこういうストレートにあっけらかんとしたようなこういう言葉をもらうとなんか目が覚める気がする。別に特別な言葉ではないし、色んな人に見せたらいろんなこと言われるような、そういう言葉なんだけど。「気をつけて」とか「大丈夫?!」とか「頑張れ」は色んな人に言われてる気がするけど、「大丈夫だから」って意外とない。


さて、この話実は締まらない。だからどう、という結論は特にないんですね(笑)

強いて言うなら「当たり前が当たり前じゃなくなる時こそ、違う目線があるといい」って感じかな。広い視野はいつでも役に立つよね。

ではでは/

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